
この記事はメディコレWEBを通じた医師監修を受けています。
📢 ニュースのポイント
|
|---|
被害者の家族は、手術後に足が動かなくなった理由がわからないという憤りを訴えます。2020年1月、兵庫県赤穂市の市民病院で行われた腰部脊椎手術は、当時74歳の女性患者の人生を一変させました。術後に両脚のまひと排泄障害が残り、女性は痛みに耐えられないほどの苦痛を今も抱えています。
執刀医の過失が問われた刑事裁判は、2026年3月12日に有罪判決で決着しました。しかし、このケースは単一の医師の過失だけでは語り切れない問題を内包しています。本記事では、事件の経緯を整理するとともに、脊椎手術のリスクや医療過誤が起きる構造的背景について専門医監修のもと解説します。
事件の経緯

2020年1月22日、当時赤穂市民病院の脳神経外科に勤務していた松井宏樹医師(現:被告、47歳)は、脊柱管狭窄症と診断した当時74歳の女性患者に対して、腰椎の一部をドリルで切削する手術(椎弓切除術)を主治医として執刀しました。
手術中、適切な止血が行われないまま視野が不十分な状態で骨の削除作業を継続。その結果、腰部の脊髄神経の一部を誤って切断しました。
女性はその後、両脚のまひ(下半身不随)および尿意・便意を感じられなくなる排泄機能障害という全治不能の後遺症を負い、現在も苦しみ続けています。手術前には自分の足で歩いていた女性は、以後、寝たきりに近い状態を余儀なくされました。
裁判の経緯と判決内容
時期 | 出来事 |
|---|---|
2020年1月 | 手術実施(患者:当時74歳)。術後に両脚まひ等の後遺症が判明 |
2024年7月 | 兵庫県警が松井被告と助手の上司医師を書類送検 |
2024年12月 | 神戸地検姫路支部が業務上過失傷害罪で在宅起訴(上司医師は不起訴) |
2025年5月 | 民事裁判で執刀医と赤穂市に約8,900万円の賠償を命じる判決 |
2026年3月12日 | 神戸地裁姫路支部が禁錮1年・執行猶予3年の有罪判決 |
なお、松井被告は2019年7月の赤穂市民病院着任から2021年8月の依願退職まで在籍した期間中に、関わった手術で複数件の医療事故が発生していたと報道されています。今回起訴された事案はそのうちの1件です。
判決で裁判長は、弁護側が主張した「上司の医師からよく削れるドリルに変えるよう指示された」という主張を退けました。裁判長は「出血などで視野が悪くドリルがどの部位に当たっているかわからない状態でドリルによる削除を続けたことが問題であり、視野が悪ければ作業を中断すべきだった」と指摘。また、上司の医師が法廷で「指示していない」と証言した内容の方が信用できると判断しました。
一方、情状については「上司の医師がバックアップすべきであり、チームとして問題があった」「医師として稼働できないなど社会的制裁を受けている」と認定し、執行猶予付きの判決となりました。
⚖️ 判決のポイント |
|---|
|
被害者家族が訴え続けたこと
被害者の長女は最終審理で意見陳述を行いました。手術を記録した動画を見た感想として、出血が著しく視野が確保されないままドリル操作が続けられていた状況を指摘し、素人目にも神経損傷事故が起きて当然の状態だったと訴えました。
また、母親に手術を勧めた自分自身への後悔が消えることはないとも述べ、深い自責の念を吐露しました。
判決後の記者会見では、弁護士を通じて被害者家族のコメントが読み上げられました。刑事罰が確定したことをひとつの節目としながらも、失われた身体の自由や時間は取り戻せないとした上で、医道審議会に対し再発防止のために厳しい行政処分を下すよう強く求めました。
📖 漫画「脳外科医竹田くん」とは |
|---|
被害者の親族は、本件を含む松井医師が関わった一連の医療事故を題材に、「脳外科医竹田くん」というタイトルの漫画をインターネット上で連載し、問題提起を続けてきました。 報道によれば、松井被告はSNS「X」に、漫画がバズったことで自分が起訴されたという趣旨の投稿をしたとされています。被害者の長女は意見陳述でこれを問題視し、被告が自らの責任に向き合わず被害者家族に責任を転嫁しようとしているとの見方を示しました。 また、松井被告は被害者の長女や漫画を描いた家族を名誉毀損の疑いで刑事告訴していましたが、関係者への取材などによると不起訴処分となったと伝えられています。 |
脊椎手術のリスクと「神経損傷」が起きるメカニズム

今回の事故を理解するために、脊椎手術の基本的な構造と神経損傷リスクについて解説します。
脊椎手術とはどのような手術か
脊椎(背骨)は、頸椎・胸椎・腰椎・仙骨からなる骨の柱で、その内部を脊髄(せきずい)が通っています。腰部脊柱管狭窄症などでは、骨や靭帯が肥厚して脊髄や神経根を圧迫するため、骨の一部をドリルや骨ノミで削り取って神経の通り道(脊柱管)を広げる手術が行われます(椎弓切除術・椎弓形成術など)。
この手術では、骨の直下に脊髄・馬尾神経・神経根が走行しており、骨を削る際に出血で視野が悪化すると神経を傷つけるリスクが高まります。止血と視野確保は手術の基本かつ最重要事項です。
神経損傷が引き起こす症状
損傷部位・程度 | 主な症状 |
|---|---|
脊髄完全損傷 | 損傷レベル以下の運動・感覚がすべて失われる(今回のケースに近いとみられる) |
馬尾神経損傷 | 両脚のまひ・しびれ、排尿・排便障害、性機能障害 |
神経根損傷 | 片側の脚や腰の痛み・しびれ・脱力 |
脊髄の神経細胞は一度損傷すると再生が極めて困難であり、完全損傷の場合は機能回復がほとんど見込めません。これが「全治不能」とされる所以です。
脊椎手術のリスクと安全管理
脊椎手術では術前の画像評価と術中の清潔な視野確保が安全の大前提です。今回の裁判では、判決の中でも「チームとして問題があった」と指摘されており、個人の技術面の課題に加え、組織的な安全管理の問題も浮き彫りになっています。また、検察側は論告で、松井被告が本件手術の約4か月前にも別の患者の手術で首の神経をドリルで損傷する医療事故を起こしていたと指摘し、「身をもってリスクを体感していた」と述べたと報じられています。医療現場において医療過誤が起きやすくなる要因として、一般的に以下のような点が指摘されています。
要因 | 内容 |
|---|---|
技術・経験の不足 | 難易度の高い術式を経験・技術が十分でない医師が担当する場合のリスク |
監督体制の不備 | 上級医によるバックアップ・チェック機能が形骸化している場合 |
「止める」判断の難しさ | 手術中に予期せぬ事態が生じた際、中断・中止の判断を下しにくい心理的・環境的プレッシャー |
情報共有の不足 | 手術成績や有害事象の院内共有が不十分で、早期にリスクが発見されない |
人手不足・過重労働 | 余裕のない環境が判断力の低下を招く |
手術を受ける患者・家族が知っておきたいこと
今回の事案は、手術のリスクについて患者・家族が事前に十分な情報を得ることの重要性を改めて示しています。
インフォームドコンセント(説明と同意)を十分に受ける:手術の目的・方法・成功率・合併症リスクについて、疑問が解消されるまで説明を求める権利があります。
執刀医の経験・実績を確認する:「この術式を何件執刀してきたか」「困難な場合はどう対応するか」を聞くことは、患者の正当な権利です。
セカンドオピニオンを活用する:特に重大な手術の前には、別の医師の意見を聞くことを検討してください。
術後に異常を感じたら速やかに訴える:術後に予期しない痛み・麻痺・感覚異常が出た場合は、すぐに医療スタッフに伝えてください。
医療事故に遭った場合の相談窓口を知っておく:日本医療安全調査機構(医療事故調査・支援センター)や各都道府県の医療安全支援センターに相談できます。
よくある質問(FAQ)
Q. 今回の松井被告はこれからも医師として働けるのですか?
刑事判決だけでは医師免許は自動的に失効しません。医師免許の取り消し・停止は、医道審議会による行政処分の手続きを経て決定されます。医師法では「罰金以上の刑に処せられた者」が欠格事由(医師法4条3号)とされており、今回の禁錮刑は執行猶予付きであっても「罰金以上の刑に処せられた者」に該当します(執行猶予期間中も同様)。判決確定後、医道審議会の審査を経て、戒告・医業停止(最長3年)・免許取り消しのいずれかの行政処分が下される可能性があります。被害者家族も医道審議会に対し厳しい行政処分を強く求めています。
Q. 医療過誤(医療ミス)と医療事故は違うのですか?
「医療事故」は、医療に関連して患者に予期しない有害事象が生じた場合の総称で、過失の有無を問いません。「医療過誤」は、そのうち医療者の過失(注意義務違反)が原因となったものを指します。今回のケースは、裁判所が医師の注意義務違反(視野不十分な状態でのドリル操作継続)を認定したため、医療過誤に当たります。
Q. 脊椎手術を受ける際のリスクをゼロにすることはできますか?
どの外科手術にも一定のリスクが伴い、完全にゼロにすることはできません。ただし、十分な経験を持つ執刀医・施設の選択、術前の画像精査、手術中のモニタリング(神経モニタリングの使用)、十分な止血・視野確保などにより、リスクを最小化することは可能です。
Q. 手術動画(オペ記録)は患者・家族が見ることができますか?
手術記録の開示については法的に一律に義務付けられているわけではありませんが、カルテ等の診療記録の開示は「診療情報の提供等に関する指針」(厚生労働省)により、患者本人や遺族等が請求できます。手術動画の扱いは施設によって異なりますが、医療事故調査が行われる場合は調査機関が確認することもあります。
メディア運営者の方へ
今回紹介した最新の健康ニュースに関する記事など、正しいヘルスケア記事を公開するためには医師監修は欠かせません。
オンライン完結で医師監修ができるメディコレWEBについて、「オンライン完結!メディコレの医師監修サービス「メディコレWEB」とは?」でも紹介していますので、ぜひこちらもご覧ください。
ご興味いただけましたら、いつでもお気軽にお問い合わせください。
参考文献
【免責事項】本記事は、公開情報をもとに専門医監修のもと作成した解説記事です。個別の医療相談・診断・治療方針については、必ず医療機関を受診し、担当医師にご相談ください。










