株式会社メディコレが目指す、誰もが安心できる医療情報に触れることができる社会には、情報を監修する医師の力が欠かせません。今回は、公益財団法人ときわ会 常磐病院 院長の新村浩明先生にお話を伺いました。

『ブラック・ジャック』に憧れて医師を志す

――本日はお時間いただきありがとうございます!まず初めに、先生が医師を志した理由を教えてください。
新村先生 単純に、子ども心に生き物に興味があったんです。動物も虫も好きで、生きている虫と死んでいる虫の違いは何だろう、といったことが子どもながらに疑問でした。今で言う生命科学のようなものへの関心ですね。その延長で、学校で人間の臓器について学ぶうちにどんどん興味が湧いていって、それに直接関われる仕事といえばお医者さんだな、と漠然と憧れるようになりました。
そんな中で出会ったのが、手塚治虫の『ブラック・ジャック』です。当時はコミックの種類も多くない時代でしたから、あの作品の存在は大きくて、「こんな形で人を救えたら素敵だな」というのが、私の原体験でありスタートでした。親や親戚に医療関係者は一人もいませんでしたが、最終的に医師を目指そうと本気で決意したのは高校3年生の頃です。浪人覚悟で受験したところ、なんと現役で富山大学に合格できました。
――医師になられた後、泌尿器科に進まれたきっかけを教えてください。
新村先生 私が大学に入ったのが1986年、卒業が1993年で、ちょうどバブルの時代でした。そして当時、最先端の医療として注目されていたのが臓器移植だったんです。1989年には日本初の生体肝移植が行われて大きなニュースになり、移植によって臓器不全が解決する――今でいうiPS細胞や遺伝子治療のような、夢のある最先端医療として語られていました。
ただ、地方の医学部にいるとなかなかそうした医療に触れる機会がなく、「これでは都会の先生と差がついてしまう」と感じていました。そこで大学6年生のとき、当時日本一の移植実績を誇っていた東京女子医科大学へ見学に行ったんです。教科書でしか名前を見たことのなかった、腎移植のパイオニア・太田和夫先生の教授室に招いていただき、「いつでもいらっしゃい」と声をかけられて、すっかり舞い上がってしまって。あのレジェンドにそう言っていただけたのが決め手となり、腎臓移植を目指して東京女子医大の泌尿器科に入りました。
いわきの「最後の砦」となる、断らない泌尿器科を

――その後、福島県いわき市に来られたのですね。
新村先生 2005年に大学院を修了するまで、東京女子医大で腎臓移植の臨床と基礎研究に取り組んでいました。そして大学院修了のタイミングで、福島県いわき市の小さなクリニックへ、2年間の約束で一人で出張することになったんです。私自身が地方の出身ということもあり、何の抵抗もなく赴任しました。
東京とは流れる時間がまったく違ってゆっくりしていますし、地方の方々の温かさもとても心地よかった。当時いわき市は人口35万人ほどでしたが、腎臓の手術を手がける病院が多くなく、「ここで頑張れば地域の力になれる」と感じました。それで、1〜2年が経った段階で、大学に戻らずいわきに残ることを決めたんです。当時の教授は戦力が抜けることに大激怒で、本当に大変でしたが、症例も経験も積めて、自分自身のQOLも高い。こちらの道を選びました。
――現在は院長として経営も担っていらっしゃいますが、臨床も続けておられるのですね。
新村先生 はい。手術も外来も続けています。当院の泌尿器チームには東京女子医大や東邦大学から若い先生に来てもらい、当院独自の専門研修プログラムにも、今年初めて1年目の先生が入ってきてくれました。そうした若手の指導という意味でも、臨床を続けながら関わっています。
――先生が臨床で大事にしていることを教えてください。
新村先生 私は今、地域医療における泌尿器科というポジションにいます。ですから、いわき市における「最後の砦」としての泌尿器科を目指しています。「これはうちではできない」「専門ではないから」と断ることのない、一つも断らない泌尿器科でありたい。まだすべてに到達できているわけではありませんが、何でも診られる“オールマイティな泌尿器科医”であることが、私自身の目標です。
――現在チャレンジしていることを教えてください。
新村先生 これまでいわきで十分にできていなかった治療を、もう少し拡充させたいと考えています。一つは、私のライフワークである腎移植です。これまでは希望される患者さんが少なかったのですが、東京女子医科大学で腎臓・小児の移植を牽引してこられた教授が昨年から当院に加わってくださり、チームとして移植を推進できる体制が整いました。もう少し長い目で見れば、性別適合手術のように、これから需要が見込まれる分野にも取り組んでいきたい。メンバーが増えてきたので、泌尿器科として手がけられていなかった領域を、少しずつ広げていきたいと思っています。
AIと向き合いながら、地域病院の未来を描く
――医療とAIが話題になっていますが、現場での活用や、病院づくりについてはいかがですか。
新村先生 泌尿器科の診療そのものでAIが活躍する場面は、まだ想像しにくい部分もありますが、内視鏡診断や画像診断といった領域では助けになるでしょう。ちょうど今年は電子カルテの入れ替え時期なので、紹介状やサマリーの自動作成など、医師の業務削減につながるAIツールの導入をベンダーと交渉しているところです。手術支援ロボットも、将来的には蓄積されたデータを解析して、出血のリスクや危険な操作を事前にアラートしてくれる“助手”のような役割を果たせるかもしれません。完全な自動化は、自動運転と同じで安全性のハードルが高く、まだ遠い未来の話だと思いますが。
もう一つの大きなテーマが、人口減少と少子化が進む地方で、いかに今の医療を提供し続けるかということです。医師や看護師など医療スタッフの確保は病院存続の最低条件ですし、患者さんそのものも減っていきます。だからこそ、いわきの医療圏の外からも患者さんに来ていただけるような、特色ある病院をつくっていきたい。「やるなら日本一を目指せ」という言葉を胸に、地方にありながら全国から患者さんが集まる病院を理想として取り組んでいます。
AIの時代だからこそ、医師が正しい情報を

――先生はメディコレWEBの監修医としてご協力いただいていますが、医師が情報発信に関わる意義をどうお考えですか。
新村先生 AIはインターネット上の情報を参照して答えを返します。ところが、たとえばワクチンのように、声の大きな一部の人たちの情報量がネット上で多くなってしまう領域では、AIが誤った方向の答えを出してしまうリスクがあります。企業の思惑などさまざまな力が働けば、グレーな部分の“正解”が間違った方向へ引っ張られることもある。だからこそ、正しい臨床経験を持つ医師が、正確な情報をもとに発信し続けることが大切です。AIの時代だからこそ、なおさら重要だと感じています。
実際、私たち専門医でも、専門外の分野――たとえば泌尿器の患者さんの内科的な合併症などはAIで確認することがあります。身近に専門医がいない分野でAIの答えが間違っていると、そのまま間違えてしまい、修正が効きません。あわせて、多くの医療ガイドラインが学会の会員専用ページや有料出版物としてブラックボックス化している現状も、もったいないと感じています。学会が持つ膨大な知見をオープンソースとして公開できれば、一般の方のヘルスリテラシー向上にも、AIが参照するデータの質の向上にもつながるはずです。
――最後に、この記事を読んでいる方にメッセージをお願いします。
新村先生 泌尿器科医として地方で20年やってきましたが、これだけインターネットが進んでも、地方と大都市の医療格差はまだ大きいのが現実です。企業の方には、ぜひそこに市場を見出していただきたいですし、医療者の方には――都会での生活にも楽しさはありますが、地域こそ日本の基本です。私自身、地域医療に大きなやりがいを感じていますので、地域で頑張る人がもっと増えてくれたら嬉しい。
そして一般の方へ。今は確かに格差がありますが、これから私たちが頑張ります。DXやさまざまなツールを活用して、地方でも安心して、都会と変わらない医療を受けられる時代にしていきたい。もう少しだけ、お待ちいただければと思います。
まとめ
健康・医療に関する情報があふれる今、コンテンツの正確さと信頼性はかつてないほど重要になっています。専門医による監修は、誤った情報が読者の判断に影響するリスクを未然に防ぐだけでなく、検索エンジンからの信頼性評価にもプラスに働きます。
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